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zoom RSS 「われわれの神聖なマーク」?

<<   作成日時 : 2009/09/02 00:46   >>

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 「産経新聞」8月30日に「【日本の議論】日の丸裁断による民主党旗問題 国旗の侮辱行為への罰則は是か非か」という記事がある。
 鹿児島県霧島市の民主党の立候補予定者集会で、国旗2枚を裁断して作成された“党旗”が壇上に掲揚されていた問題が波紋を広げている。集会を主催した同党新人候補の後援会は陳謝し、党本部も陣営に厳重注意した。ところが、同党の鳩山由紀夫代表が、国旗よりも党旗を重視するかのような発言をしたことが火に油を注ぎ、「日本も法的に国旗の尊重義務を規定すべきだ」との声も出ている。(宮原啓彰)


「われわれの神聖なマーク」の不可解

 ことの発端は、8月17日の党首討論会での麻生太郎首相による糾弾だ。

 「国家の象徴としての国旗を切り刻むことがあったとは正直、信じたくない。悲しく許し難い行為である。わざわざシワシワにして並べてかけ姑息(こそく)だ」。

 問題の集会には民主党の小沢一郎代表代行も出席。さらに国旗を切り張りした党旗がホームページに掲載されるというお粗末さだった。

 渦中の候補者の陣営には、抗議の電話が数十件寄せられたという。同陣営は「問題の旗は熱心な男性支持者が手作りで作成し集会当日(今月8日)に持参した」と釈明。その上で、「国旗の尊厳をおとしめる意図はなく、主催者の不手際のため関係者に多大な迷惑をかけたことをおわび申し上げる」と頭を下げた。

 だが、陣営幹部の1人は取材に対し、「麻生首相がいう『切り刻んだ』との表現は正確ではない。国旗2枚を折り曲げて縫い合わせたもので、切ったとしても一部分。個々人の考えから『国旗を切り張りするだけでけしからん』という意見はあると思うが、陣営としては(国旗の裁断加工そのものではなく)公の場で掲げたことが問題だと考えている」と話した。

 問題が発覚した経緯についても「集会には自民関係者も含めて色々な人が集まっていた。その中で気付いた者が総理の耳に入れたということだろう。少なくとも指摘される前に陣営関係者が気付いていたという事実はない」と説明する。

 一方、鳩山代表は事態を受けてこう述べた。

 「大変申し訳ない。それは国旗ではなく、われわれの神聖なマークなのできちんと作らなければいけない話だ」

 この釈明に百地章・日大教授(憲法学)は首をかしげる。「国旗よりも党旗の方を神聖視しているかのような鳩山氏の発言には耳を疑う。今回の問題は単なるミスというより、民主党の『国家意識の欠落』という体質から出たものではないか。そもそも会場席からも国旗と分かる代物に、陣営関係者が気付かないのは不自然」。さらに「このような国旗への侮辱行為に刑事罰が科されない日本が世界的に異常といえる」と続けた。

外国国旗への侮辱行為のみ罰則規定

 百地教授が指摘するように、わが国は平成11年に施行された国旗国歌法で、「日章旗(日の丸)」を国旗と定めたが、そこに国旗への尊重義務の規定はない。戦前においても、昭和6年にときの帝国議会に上程された大日本帝国国旗法案に「国旗ノ取扱ハ厳粛ヲ旨トシ苟(いやしく)モ尊厳ヲ汚涜(おとく)スヘカラス」(第11条)との条文が盛り込まれたが、衆院解散などの理由で審議未了のまま廃案となっている。

 しかし、ひとたび海外に目を転じれば、法で国旗への尊重義務を規定し、刑事罰を科している国は多い。例えばフランスはその代表的な国家だ。

 フランスは、国旗(三色旗)や国歌(ラ・マルセイエーズ)への侮辱行為に7500ユーロ(約100万円)の罰金刑を定め、さらに集会における侮辱行為に至っては、加重刑として6カ月の拘禁刑を科すという厳しい態度で臨んでいる。

 またアメリカでも連邦法典に国旗冒涜(ぼうとく)罪を規定。合衆国旗(星条旗)を故意に裁断、焼却、汚損、踏みつけるなどした場合、罰金もしくは禁固1年以下(または双方)の刑事罰を定めている。アメリカではさらに、各州刑事法でも同様の規定を持つ。

 ロシアは大統領命令で尊重義務(侮辱禁止)を規定。お隣の中国でも国旗法で刑事責任を規定している。ドイツとイタリアでも刑法で侮辱罪として規定しているのが実情だ。

 これに対して日本では、外国の国旗への侮辱行為について、「外国国章損壊罪」として刑法に定められているのみだ。同罪ではある外国を侮辱する目的で国旗などを損壊した場合、2年以下の懲役、または20万円以下の罰金が科される。つまり日本は「自国旗への侮辱行為にはお咎(とが)はないが、他国へのそれは罰せられるという不思議な国」(百地教授)なのだ。それ故、昭和62年に沖縄国体会場で日章旗が燃やされた際も、器物損壊事件として処理されるにとどまった。

国のシンボルどう取り扱う?

 「国のシンボルである国旗は単なる器物ではない。ナショナル・フラッグへの敬愛の念は世界の常識。本来なら法律で定めることではなく教育で教えることだが、日教組が力を持つ戦後の日本では難しい。教育が機能していない以上、法で定める必要もあるのではないか」と百地教授はいう。

 対して、「個人が国旗をどう扱っても何の問題もないし、国家が介入すべき事案ではない」との反対も根強くある。

 また、国旗国歌法に反対してきた北野弘久・日大名誉教授(憲法学)は日章旗に限って尊重義務を設けるべきではないとして、次のように主張する。

 「国旗国歌に敬意を払うのは当然のことだが、(国旗で党旗を作成した)1人の軽率な行動をあげつらうべきではない。政治的混乱を避け、終戦日に靖国参拝をしなかった麻生首相にこの問題を糾弾する資格があるのか」

 北野教授は続けて「米仏など欧米諸国と日本では国民の国旗国歌への歴史的なコンセンサスが大きく異なる。日章旗には歴史的、学問的に議論があり、侵略戦争という負の記憶にも繋がる以上、尊重義務を規定することには反対だ」とした。

 立場こそ違え、両教授が一致した部分もある。「この問題を単なる政争の具にすべきではない」という点だ。この問題が、国旗という国のシンボルマークを国民はどう取り扱うべきかという、より根深い議論に繋がっていることも間違いない。


 この事件について、新たに説明する必要は無いであろう。「大変申し訳ない。それは国旗ではなく、われわれの神聖なマークなのできちんと作らなければいけない話だ」という鳩山代表の言葉がさらに問題となる。
 「われわれの神聖なマーク」とはどちらを指すのか?この発言から考えるに、党旗を指しているのは明らかである。
 どの国であろうと、国旗と国歌に対し敬意を表すのは当然である。しかしながら戦後の我が国においては、間違った教育により、国旗、国歌に対しての教育が行われていない。私事であるが、私の通っていた小中学校では普通に入学式、卒業式において国歌斉唱があったし、運動会においても、吹奏楽部が国歌を演奏する中、国旗掲揚があった。私の住んでいた県では、今考えてみても、日教組による自虐教育は無かったと記憶する。しかしながら、日章旗とは何か、君が代とは何か教わった記憶は無い。
 その後の、「日章旗には歴史的、学問的に議論があり、侵略戦争という負の記憶にも繋がる以上」という発言には疑問を抱くが、北野名誉教授の、「国旗国歌に敬意を払うのは当然のことだが、(国旗で党旗を作成した)1人の軽率な行動をあげつらうべきではない。政治的混乱を避け、終戦日に靖国参拝をしなかった麻生首相にこの問題を糾弾する資格があるのか」という指摘は痛烈である。選挙が近くなって急に保守を訴え出した首相に果たして説得力があるのか。
 先にも述べたとおり、国の象徴である国旗と国歌に対し敬意を表すのは当然である。それが行われていない日本が異常なのである。国旗や国歌については、本来法律で定めるものではなく、教育や社会によって自然と身に付けていくものであると考えるが、法律で定めなければならない我が国が悲しい。

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