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zoom RSS 新聞は生き残るか

<<   作成日時 : 2009/10/15 23:30   >>

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 『東海新報』10月14日のコラム、「世迷言」に次のような文がある。
 昨日は新聞休刊日だった。新聞を読もうとしてそのことに気付き、なんとも手持ち無沙汰な思いにかられた。活字で育ってきた世代には一日の初めに必要な儀式だからだろう▼小紙など毎週月曜日が休刊であり、そのことを棚に上げてとやかく言える筋合いではないが、習慣とはおそろしいものである。若い世代の中には新聞購読もせず、読みもせず、情報はテレビやネットで済ませるという傾向があるとかで、ブンヤ稼業としては将来が心配になる。しかし活字が駆逐されることはあり得ない。読書の秋という言葉が残り続けていることがそれを証明していよう▼ただ新聞業界が苦戦していることも事実である。新刊本が売れず、月刊誌の休廃刊が相次いでいる出版業界と同様で、テレビで育った世代が世の中の中心になっていることと無縁ではあるまい。そして高齢化が進み文字が読みづらくなったという声が広がっていることも原因の一つに数えられよう▼加えて、新聞経営の屋台骨である広告収入がネットや他の媒体に食われて激減し、中央紙、地方紙とも四苦八苦である。小紙も例外にもれず、購読収入と広告収入がついに逆転した。かつて車の両輪であったものが、片方から空気が漏れだしパンクの危うきにある▼盤石とみられていた中央紙ですら赤字転落した社もある。新聞業界受難の時代に入ったのは疑いなく、米国でも一大異変が起きている。吹けば飛ぶような小紙などなおさら踏ん張らないと毎日が休刊日になりかねない時代となった。

 私は現在、産経新聞を購読している。若者は新聞を読まないとよく言うが、確かに周りの友人で新聞を購読している人はほとんどいない。一人暮らしの身には一ヶ月3、4千円の購読料は痛いのだろう。また、やはりテレビやネットのほうが早くて便利なのだろう。
 かく言う私も、毎日しっかりと新聞を読んでいるかといえば、読んでいない日ももちろんある。しかし、休刊日は無性に新聞が読みたくなってしまう。無くなって初めてそのありがたさが分かるのだろうか。
 現在、新聞業界が苦戦しているのはご存知であろう。私の家にもよく新聞の勧誘が来ていた。色々おまけしますよ、と勧誘された。毎回、すでに別の新聞を取っている、と言って断るのだが、心が動くことがないわけではない。しかし、おまけ目当てで金を払ってまで自分の相容れない主張をする新聞を購読したくない。図書館で読めば十分である。
 地方紙は別として、新聞を選ぶ基準は何なのか。私が産経新聞を購読している理由は、産経の主義主張が自分の思想に一番近いからである(もちろん相容れないものもある)。また、ビジネスマンが日経新聞を読んでいるのもよく分かる。
 現在苦戦している新聞業界が生き残るためには何が求められるのか。それは自社独特の主義主張ではないか。良くも悪くも産経の主義主張は産経にしかないものである。また、しんぶん赤旗の主張も頑ななまでに一貫していると言ってよい。赤旗の主張は決して私と相容れないものであるが、主張が一貫しているから批判のし甲斐がある。しかし、朝日のようにコロコロと主張が変わったり、堂々と主張せずに誘導的な記事を書く新聞に未来はない。
 
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