日本を貶めた10人の売国政治家


日本を貶めた10人の売国政治家 (幻冬舎新書)
幻冬舎

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売国奴は万死に値する ...
あんまり価値ある本に ...
こんな国は日本しかな ...
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「日本を貶めた10人の売国政治家」 
小林よしのり編 幻冬舎新書

 7月に発売された本であるが、家の近くの書店でも、いまだ上位にランクされている本である。アマゾンのレヴューには、自民党の議員が多い、というものがあったが、これまでずっと自民党が与党であったことを考慮しなければならないだろう。
 小林氏が序論で述べているように、本来政治家というものは自国の国益を守る者であり、「売国政治家」というものは、本来存在するはずの無いものである。しかし、現在の日本においては、学者や評論家などが売国政治家を挙げ、ランキングにし、本まで出てしまう。そして、それがベストセラーになる。異常と言う他無い。
 「売国奴」、「売国政治家」という言葉は強烈である。しかし、悪人を悪人と呼ぶように、売国を犯した政治家をそのように批判して何が悪いのだろうか。別に間違ったことを言っているわけではない。しかし、長谷川三千子埼玉大学教授が、本の中のコラム「売国政治家といふ言葉をとり戻さう」において述べているように、どうも居心地が悪い。そんなことを言えば、たちまち「右翼」といったレッテルを貼られてしまう。そこまでいかなかったとしても、変な目で見られることは明らかである。
 このコラムにおいて、長谷川教授は、
 もしもわが国が(世界中のほとんどの国がさうである通り)自国の利益と名誉を重んじることを第一と考へ、その上で、他国との協調も軽視はしない、といふ基本的姿勢をもつた国であつたとしたら、そしてまた国民の大多数がそれを当然と考へる国であつたならば、その場合には、「売国政治家」といふ言葉は、文字通り意味をもつたものとして、立派に通用することであらう。(中略)
 ところが、わが国の大方の新聞もテレビも、まさにさうした「売国政治家」のふるまひが「良心的」であるかのごとくに語りつづけてきたのである。ちやうど、赤い絵の具をとかした中に赤いボールをうかべても、ほとんど輪郭が見えないのと同様、国家全体が<売国的>精神風土に侵されてゐるところでは、「売国政治家」の輪郭が、まるでぼやけてしまふのである。
と述べている。
 私はこれを読み、のどに刺さったままであった魚の骨が取れたような気がした。「赤い絵の具をとかした中に赤いボールをうかべても、ほとんど輪郭が見えない」。なかなか分かりやすい表現である。なぜ、「売国政治家」を「売国政治家」と呼ぶことがはばかれるのか。私なりの解釈であるが、いまだマスコミに氾濫する東京裁判史観や、日教組に代表される戦後の自虐的教育により、「売国的」なことが当たり前になってしまった。(良い、悪いは別として、日本人的な考え方であるが)当たり前の空気の中で、それと異なる発言をするのは確かに居心地が悪い。それが当たり前となってしまった世界では、それを行っても疑問に思う者はいない。
 思うに、「売国的」政治家や評論家などは、ハニー・トラップに引っかかったとか、あるいは利権がらみなどの「売国奴」は別として、その行動が売国的、と思っていないのではないか。先に挙げた自虐史観などにより、「日本はかつて悪いことをしました」ということが当たり前になってしまっており、むしろそれを行うことが「良心的」になってしまったと考える。自主憲法の制定、自虐史観の克服などにより、ボールを浮かべる水の色がボールと違う色になれば、本当の「売国政治家」というものがもっとはっきりするのではないだろうか。しかし、水の色が変わるのはいつになるのか。民主党政権の誕生により、もっと水の量が増え、もっとボールの数が増えてしまうような気がする。

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